この事件に関してさらに私たちの心を暗くする報道が入って来ています。メディアに対して特定の楽曲の放送が規制されているという事実です。例えばジョン・レノンの「イマジン」、P・P・Mの「悲しみのジェットプレーン」、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」など日本でも馴染みの深い有名な曲が多く含まれているそうです。その理由としては事件を思い起こす歌詞の内容を指すものであったり、国家体制に批判的な内容のものであったりと様々なようですが、当局によって音楽が制限を受ける状態は決して好ましい事態ではありません。放送に於ける音楽は送る側のメッセージを聴取者に無意識に植えつけやすい危険性を持つ反面、数多くのメディアが情報を発信している現代では受け手の方でも容易に取捨選択が可能な筈です。
しかし何れにせよ世界の経済活動の中心地であるとともに、あらゆる文化・芸術の拠点であるニューヨークが一日も早くもとの活況を取り戻し、すばらしい音楽や演劇や映画を私たちにもたらしてくれることを願わずにはいられません。今月は平和が戻ることを願いつつ、アメリカが最も輝いていた時代に、ニューヨークのジャズハウス"ヴィレッジ・ヴァンガード"でライブ録音されたビル・エヴァンス・トリオのCDをよくかけています。
アウトドアで遊ぶことの好きな私は、ときどき山歩きにでかけます。山は四季折々にさまざまな表情を見せてくれ、いつも新たな発見があり飽きることがありません。いまの時期は可憐な高山植物の花が競うように咲き、短い夏にせいいっぱいの着飾った姿を見せてくれ、山のもっとも華やいだ季節をむかえています。空には夏特有の雲がわき上がり、梢には鳥たちが美しい声を響かせています。山道をひとり歩いていると、自然の刺激を受けて人間が本来持っている感覚が、しだいに鋭敏になってゆくようです。そのようなとき見る風景はどんな名画より美しく、耳にする音はどんな音楽よりもこころに響いてきます。人が奏でる音楽にはない無作為の音の響宴は自然だけが演奏できる、雄大なシンフォニーのようです。ですから先日まで山には人工の音は馴染まないし、そこに持ち込むべきではないとずっと思ってきました。先日までと強調するのは、その思いを若干修正しなくてはならない体験があったからです。山小屋はさまざまな制約や立地上の特殊性があり、維持管理するだけで我々の想像をはるかに超えた御苦労がありますが、それゆえに利用者はかなりの忍耐を強いられるのもまた事実です。そんな理由もあり普段の山行は食料はもとより、宿泊の必要なときにはテントを持参していますが、今回かねてより知人が推薦するある山小屋を興味津々で訪ねました。
類型的でないことは何と素敵でパワーが要ることでしょう。昼の食事は茹であげの「おまかせパスタ」のみ(これが都会でもなかなかお目にかかれない程の絶品)。パスタができあがるまで二人掛けできそうな位ゆったりとした椅子で寛いでいると、ビル・エヴァンスがながれていました。都会の夜に一番似合うジャズが正反対の場所でなんの違和感もなく、その場に溶け込んでいました。明るい日ざしの中、鳥のこえや風の音が一緒にジャムセッションをしているようです。つぎに訪ねたとき、日が落ちてから虫の音とともに聴いてみたいのがこの一枚です。
まだ梅雨明け宣言が出てないというのに、ここのところの連日の猛暑にへこたれそうです。一昨日は何と38度、昨日は37度、今日はすこしだけ和らいで33度。こうなると、もう力なく笑うしかありません。こんな気温が続く中、ガスレンジの前でフライパンを握る私に容赦なく浴びせられる熱気は、日ごろの行いに対する天からの試練でしょうか。どうやら今年の夏も昨年同様、暑い暑い夏になりそうです。そんな過酷な毎日の一服の清涼剤は、つめたいビールと心地よい音楽です。暑いときには、やはり暑い国の音楽がよく似合います。ブラジル生まれのボサノヴァはこの時期にうってつけ、耳から爽やかさが流れ込んで来ます。軽快なリズムと声を張り上げないささやくような唱法が特徴のボーカルが、暑さに負けそうな気持ちを慰めてくれます。今月お勧めする一枚は、ボサノヴァが産声をあげた頃から世界中に愛される音楽として認知されるまでの間に重要な役割を担ったメンバーのひとりとして記憶されるべき女性シンガーのアルバムです。
ナラ・レオンは比較的裕福な家庭で、教養が高く芸術や文学に深い理解をしめす両親のもとで成長したので、クラシック音楽の素養もバックグランドにあったようです。しかし、サロンとして多くの芸術家やミュージシャンが出入りしていた家庭環境の中、自然に彼らが演奏したり口ずさむ新しい音楽であるボサノヴァに興味を引かれていったようです。ここに収録されている数々の名曲は、当時彼女の家のサロンに集まっていたメンバーの曲が大半をしめています。なお、このアルバムは故国ブラジルが軍制下におかれたため、亡命先のパリで1971年に録音された特異な経歴を持つものでもあります。